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涙がこぼれてしまうとき、あぁ私、疲れてるんだな、と感じる。
疲れてるんだな。今日も泣いてしまった。このところ、時間が過ぎていくのがはやい。もう、週末になってしまった。今週は、月曜日に寝込んでいたから、特にはやい。昨日も、疲れていた。電話機をアスファルトに叩き付け、破壊してしまった。電話は機能している。なかなかしぶとい。バイブレーションが機能する時、いつもよりうるさくプラスチックがぶつかり合う。今日もあの人から電話だ。 実習が終わって、いらいらがピークに達していた頃は、憎らしい、私の体にしか興味のなさそうなあの男との話も楽しかった。楽しくて、だいぶ気分よく話していたけれど、もういい。ボーイフレンドに横っ面を二発ひっぱたかれてから、本格的に別れるつもりでふてくされて、少々ヤケになったりもしていたけど、それもかたがついたから、もういい。結局、別れるだけの度胸も備わってはいないのだ。この男には。だから、男の人の一挙一動におどおどしながら生きるのは、もうやめたい。女の部屋に泊まろうが、何をしようが私には関係がない。 男が怖い。何を考えているのかさっぱりわからない。機嫌を損ねてしまわないよう、いつも顔色をうかがっている。そうこうしているうちに、ダンスがおもしろくなくなった。ひとつが躓くと、何もかもがうまくいかない。 あたし、男に生まれればよかった。 力ではもう決して、男の人にはかなわないと自覚し始めた時から、ブラジャーにぎゅうぎゅうと胸をおしこむようになってから、男の人が女として私を認識するようになってから、私は女だから許されるような、最低なことをいくつもやってきた。 人前で泣いて、だだをこねて、つらいことからは逃げて、自分をごまかし、簡単な快楽に溺れようとした。男の人を誘い、誘いにのった男を罵り、自分は何も傷付かないように泣いて、隠れて舌を出して、笑っていた。 いつか、そのツケがまわってくると思っていた。こいつは一度、痛い目をみなければわからないと言われて、私はもう十分痛い目にはあっていると跳ね返して、嘘臭い涙を流したりもした。 わかっている。所詮、何を言っても、もう男にはかなわない。 あとは力づくで男の思うままになるだけ。どんな陵辱にだって、女は泣き寝入りするしかない。黙って、泣いてさえいれば、時が過ぎ、解決してしまう。じっと待っているだけでいい。私のような女は、女が出しゃばると、有無を言わさず張り飛ばすような、究極的な男と結婚したほうが、きっと幸せになれる。 自分で考え、自分で生きるのはもう疲れた。どうせ、私の意見が重視されないのなら、初めから発言権なんて、いらない。 破壊した電話機は、やっぱり壊れていた。相手の声は聞こえるのに、私の声が届かない。私の発言権が認められない代物に成り下がった電話機の、ある意味すばらしい変化に苛立ちをおぼえ、もう一度叩きつけたら、どうしようもなくシンプルなデザインになってしまった。 もう、電話も必要ない。 今日、北の国からを見て泣いた。本当に、このところ泣いてばかりいる。 誰か私の心を救って欲しい。私のために、誰か泣いて。 何もかもを犠牲にしてもいいほどに、私を愛して。 男は尽くしてはくれないから、女は寂しく生きなければならない。 だからあたし、男に生まれればよかった。 昔を思い出して、また泣いた。未練ではなく後悔でもなく、ただ何となくすまないような気がして、悪いことしたなぁと思ったら泣けてきた。死んでもいいと思えるくらい好きだったのに、気持ちは変化していくんだな、ということが何故だかすごく悲しかった。長く付き合ったから、思い出がたくさんありすぎて、特に夏は二度すごしたから、ちょっとしんどい。あぁ、あの人なら死んでくれたかな、と思う。何だかんだ言って、私のこと考えてくれてたし。 けどもう、好きじゃないから、どうしようもない。それがまた、悲しい。 欲しいものがたくさんあって、お金がないから我慢している。私の欲しい欲しい病は、このごろは抑制されっぱなしだ。去年は何でって、買ってもらってたんだなって思う。それはしかたがない。アルバイトをして時間がけずられるのはいやだし、のんびりしていれば、それほど使うこともないから。家にいる。外に出ると貧乏を実感するから、惨めになりたくないし。借りたお金も返さないといけないし、支払いもたまってるしなぁ。 お金にならない文を書いて、これは自己満足の化身かしら。誰か買ってくれないかな?なんてね。私はお人好しだから、すぐに騙され、自分に何の利益もない、損な役回りばかり引き受けてしまう。けれど、こうして少なからず私を表現する機会を与えてくれた人には感謝したい。ありがとう。 先日、ふつうの遊びを、何ヶ月かぶりに楽しんだ。女の子だけ、新宿のアミューズメントパークに行ったり、朝までカラオケをしたり。今まで私はとらわれていたから、男の子と付き合うばかりで女の子の友達がうまくつくれなかったから。最近女の子の集まりが嬉しい。高校の時は、女が集まると、いやらしい話ばかりしていた。誰と誰がくっついたとか、今度は誰と付き合いたいとか、彼氏とどこまでいったかとか。いやらしくて、女はいやだなぁと思って、男の子と仲良くしていたけど、もう男はいらない。 女として、女であることを武器にするような生き方だけはしたくないと思っていた。だから、水商売や風俗は絶対にやらないと決めていた。けれど、私は管理されていないだけで、やっぱり女であることを武器にして生きていたような気がする。 けれど私の下心は、私をわかって欲しいという方に向いていて、男の子を困らせているように思う。安易な感情で私に手を出してしまって、終わった後に私が真実を吐き出すので驚いて、罪の意識を抱いてしまったことを隠しきれず、私という可哀想な女を仕立て上げてきた最低な男どもと自分も同じなんだと傷付いて、慌てて私を追い出して、私を理解してはくれない。私の下心はいつまでも満たされることはない。 最後まで、男は自分を守る。女は決して満たされることはない。 だからあたし、男に生まれたかったの。 気まぐれに女を抱いて、いい加減やって、自分に尽くしてくれる女がいても顧みず、遊び呆けていても、じっと耐えて待っている女がいれば、男の株が下がることはない。けれど女は、もともと魔物だから、男のようにはいかない。同じ様な場面があるとしても、待っている男によって株が上がるというようなことは、まずない。 もしも女と女の世の中があるとするなら、いや、やめよう。SFはアニメの中だけで十分だ。女にはリアリズムの中で生きる義務があるから。子供を産んで、育てていくのにSFは通用しない。他の誰でもない自分がミルクをあげ、おしめを換え、時にはお尻を叩いて、猿に近しい赤ん坊を立派な人間に育てあげなければならないのだから。 だから、世の中で父親より母親のほうが優れているのは仕方がない。人間の中で最も下等なのは女だけれど、最も優れているのは母親なのだ。男はわがままで、いつまでも子供でいられる。SFができなければ、男は成功しないのだ。それ故に男は夢見ることを許されている。繊細で傷付きやすく、女に薔薇を送り、ロマンチックな詩をそえる。頭の悪い、空想力のない女はそれを理解できず、役に立たないのもだと排除する。 女はどことなく、不幸せな生き物だ。その絶大なる影響力から魔物扱いされて、火にあぶられたりも過去にした。物語の中では女はいつも人ではない何かにたとえられ、ヴィーナスだけが敬愛される。それすらも、人ではないのだ。神か魔物か。 これだけのものを書くのに、私は何週間もかかる。だから書き始めてからいろいろな変化が起こる。そして、ある結論に達してしまった。けれど電話機を破壊した時から、この結論は決まっていたように思う。彼は、私の寂しさを埋めることができなかったと自分を責めた。そしてまた、捨てるのか? と。 そんなつもりはない。三日三晩悩んだあげくの結論だ。これまで、いろんな形の別れを経験してきた。そしていつも考えなしな別れだったと自覚もしている。その度、一時の感情で私は泣いてきた。次の日にはけろっとした顔で、悪態をついているのが私だと、自分で思っていたから。泣くのはただ驚いたからだと、言い聞かせて笑った。 あーあ、男だったらよかったのに。 いっそ、ひとりだったらよかったのに。そうしたら、どんな悲しみも隠さずに表現することができただろうに。食事も摂らず酒浸りの日々を送れただろうに。けれど母親の手前、楽しそうに食卓に着いて、おいしそうに出された料理を平らげなければならない。 感情から醒めるのが早くなった。彼に、口だけだと罵られて、腹いせに死んでやろうかと思ったけれど、寝て起きたら、いつもと何も変わらない日常がそこにあって、前の晩の出来事さえも嘘に思えて愕然となった。 自分でも言っていた通り私は口だけなんだなと実感した。 みんなが責めるから、私は鈴木いづみを真似ることもできない。寂しくて仕方がない時に、誰かをあてにすることも許されない。私をわかって欲しいという下心は、そんなにいけない気持ちなのだろうか。満たされたいと願うことは、そんなにいけないことなのだろうか。私が私でいようとすることは、ただのエゴだとでも言うのだろうか。 責めるなら、時間を責めて。一人きりでいるしかなかった、長い夜を責めて。私を疎んじていた彼女たちを責めて。私を恨んでいた彼らを責めて。 でも、責めても仕方がない。過去は過去。振り返るだけの時間とエネルギーがあるなら私は少しでも前に進みたい。女はより現実的に生きてこそ価値があるのだから。辛いことはどんどん忘れて、新しい出会いと関わりに期待しよう。それはもう、女としてこの世に生を受けた瞬間から、抗えない事実として、きっと遺伝子が決めてしまったことだから。私たちはそれに従って生きていくしかない。 男に生まれていたら・・・・いや、私は女なのだ。日常の繰り返しの中で、変わっていくものがあったとしても、それだけは変わらない。いわば、不変であるのは性別だけなのだ。しかし、今の時代、それすらも不変とは言い難い。けれど、私が女でなかったら、この文章も存在しない。この恋も存在しないのだ。 存在も、不在も、見えているものだけが結局は真実なのだ。人間は脆く、弱い。 運命に従順であればあるだけ、きっと人は幸せになれるのだろう。あらゆることに、何の疑問も抱かず、ただ事実を受け入れ、身を委せていれば、明けない夜の長さに戦慄することもないだろう。 私は今、夜に打ち震えている少年と向き合っている。薄い肩を揺らし、夜毎に泣くのである。ガラスの荒れ地に裸足で立っているような、そんな痛ましさで凶暴な牙を剥き、私に爪を立てる。たちまち私は悲鳴を上げ、少年は驚き、そしてまた震え出すのである。少年の不幸せの影に身をひそめ、私はずるさの中で何度か泣いた。 こんなに冷たい肩には、触れたことがなかった。あれほど待ち望んだ微笑みはなかった。狂おしいくらいかたくなに閉ざされた心を、私は知らなかった。 もう、何も言わなくていい。もう、何も知らなくていい。少年は永遠に無垢なままでいればいい。不実な恋愛も、不潔な駆け引きも、必要はないのだ。汚れなき魂だけが救われる。無垢の信頼心は、罪ではないのだ。 何も、起こりはしないのだ。 どこかで誰かが恋の終わりを知ったとしても、どこかで誰かが懐を貪ったとしても。この夜の下では私たちは、ちっぽけな欠片にしかすぎない。ある時、欲望の末に男が吐き出すあの小さな魂の、そのひとつほどの価値しかない。葬り去るためだけに放出される運命。血もない、肉もない、朽ち果てる歓び。所詮、そんなものだ。 騒ぐことはない。よくあることなのだ。傷つくことはない。忘れてしまえばいいのだ。過去に翻弄されて生きることほど、無益なことは、この世にない。許せばいい。簡単なことだ。誰にだってできる。 魂を救うのは、泣くことではない。すべてを許すことなのだ。何もかもを許して、その心の美徳に溺れていれば、それで幸せなのだ! ますます男が嫌いになりそうだ。男ほどデリカシーのない生き物はいない。それなのに、男のデリカシーのなさは、罪にはならない。罪深きは、女なのだ。だから、嫌いで憎くて仕方がないからこそ、私は男になりたい。嫌なのも、かなわないものには、取って代わってしまえばいちばん害がないから。 小さな嘘の積み重ねに、感情が奪われていくのは、もうこれ以上ごめんだ。男のために犠牲になっているのは、躰だけじゃない。ボロ雑巾のようになってしまう前に、私は女をやめよう。傷つくのはいやだ。物陰に隠れて涙を流すものいやだ。女である限り、私は永遠に眠りを手に入れることができないだろう。 幸福はこの世に存在するのか? 何を望んだら、幸福になれるというのだろう? わかりきっている。私は私でしかないのだ。それ以外の何者でもない。憧れても、望んでも届くことはない。あとは一体、どうしろというのだ! 夢見ることも許されないなんて! 逃げることが罪悪だなんて! 少年が笑っている。 少年は若い肉に爪を立てる。少年の若い肉は悲鳴も上げず、肉に食い込んだ爪の隙間からは、静かにあかい血液が流れ出ている。その、血液に濡れた指先は、私の唇を紅く塗り替え、私は優しく少年を包み込むと、生温い体液に悲しみを洗った。 もう、泣くのはよそう。死ぬことを考えるのもよそう。幸福を願うのもよそう。いくつかの日常にすべてを委ねて、終わりがくるのをじっと待つことにしよう。そうだ。物事には必ず終わりが存在する。望まなくても終わる。・・・・終わったのだ。 鈴木いづみが、エッセイのあとがきにこんな言葉をかいている。 「ひとは、自分のもっているものしか、もっていないのだ」(略)だから、他人のかんがえていること、他人のもっているものがなんであるか、知りたくなる・・・・。 (略)わたしはわたしでしかなく、これ以上でも以下でもない(略)。 そして最後はこう結ばれている。 ありがとう。さようなら。 私はこのラストが好きで、何度も口の中で繰り返してきた。私がこの世でいちばん好きな言葉。「ありがとう」それから別れの言葉。私が憧れた鈴木いづみは、ここに存在するのかもしれない。私もいつか、いなくなるときには言おうと思っていた。 出会えたことに感謝しよう。すべての時間は濃厚で、私の青春は終わってはいない。 ありがとう、さようなら。 |