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横浜駅の七番線ホーム。夕方だったり、真冬だったり。いつも風が強く、床はべこべこしていたように思う。あたしは黒くて長いコートを着込み、冷えて奥の方が痛くなった耳を両手で覆い、列車が来るのを待っていた。滑り込んで来た列車には、乗客はまばらで、あたしは裾を気にすることもなく、シートのど真ん中にバックを放り出して腰掛ける。バックから携帯を取り出して、時間を確認すると、ポケットにしまいそのまま目を閉じて、七分間の長い沈黙をやり過ごす。 暮れてゆく空を眺めたり、暗闇の窓ガラスに映る自分の顔を眺めたり、思い出すのは、いつも悲しげな、一人きりの自分。寒そうな横顔は決して幸福そうではなく、かといって疲れ切っているかといえばそうでもなく、鳴らないと判っている電話を待ち続けているような、諦めとほんのわずかな期待とが入り交じったような、そんな顔をしていた。 横浜から東海道線を使い、川崎まで約一年半通った。 もう、ずいぶんと前のことなので、7番ホームの床は今はベコベコじゃなくなってるかも知れない。そんなこともわからないくらい、あたしの足は横浜駅7番ホームから遠のいてしまった。最後に川崎に行ったのは、 もういつだったかわからない。 けれど、どちらにせよ、あたしが思い出すのは朝の通勤ラッシュの混雑ではなく、夕方一人で乗り込んだ、あの寒々しい車内なのだ。 忙しいとか、家が遠いとか、そんなことは言い訳だ、と言ったのはその頃だ。 会いたい時は、どんな無理をしても会いに行くのだ。 だから、何の努力もしないうちから、今日は電車がもうないから無理だなんて言うなんて、あたしには許せなかった。せめて立ち上がって、あたしの部屋までたどり着く方法を考えるくらいは、してくれてもいいんじゃないかと、思っていた。 そうやって、いつも愛情を確かめてないといられなかった。 それは、今も同じか・・・。 あたしのこと好き?と一日一回は聞いてしまう。情けない。いったい何に怯えているのか、きっと、あたしの膝でそれに答える小さな心を、あたしはうんと傷つけているんだろう。それでも、聞かずにはいられない。 多分、周囲の人間がうらやむような幸福に包まれていても、あたしの心が幸福に満たされることはないだろう。そんな気がする。別に不幸ぶっていたいわけじゃないけどね。 幸せになりたいと願うと、幸せが逃げて行くような気がする。 小さな幸せを手に入れると、もっと沢山の幸せが欲しくなる。 何処までも貪欲で、そしてその欲に溺れて幸せを見失う。 幸せなんて、ここには腐るほどあるのに、どれも気に入らないと、結局みんな投げ捨てて、丸裸になって寒い思いをするんだ。 今、楽しいこと、何だろう? あの時、明るすぎる電車の中で、窓ガラスに映る自分の顔を見ていたことを、思い出す。くたびれて、行き先を見失って、それでも同じ道を歩いた。心に去来する様々な言葉を振り払って、呪文のように何度も同じ歌を、口の中で繰り返した。 でも結局、生きたいようには生きられない。 ちょっとずつ我慢して、そうやって折り合いをつけながら、みんな頑張っているのだ。もう十分わかっているのに、それが出来ずに喘いでいるのは、きっとあたしだけではあるまい。 人生はそんなに甘くない。ただ、そのことに気付くか気付かないかの問題で、きっと気付かないでいられる人は、こんな風に心をすり減らすことはないのだろう。気付いてしまったら、仕方ない。 死ぬまで騙し続けるしかないだろう。 Copyright (c) 2005 kazusa akira All rights reserved. |